近づいてゆく、優太と大須の街…
近づいてゆく、優太と正さん…
少しずつ、変わってゆく松田家。
気になるのは…
久美子と正さんの27年分のわだかまりです。。
🌸前回のお話し🌸
朝の光の中、湯気を上げる蒸し器。
「ははは…」
品のある真っ白な山の芋と上用粉の生地を
均等に切り分けてゆく正さんは、
昨日の優太とのお散歩を思い出していた。
横には、
しっとりと練りあがった、こし餡が…
その上には、
蒸し器にかけられる前のお饅頭が
行儀よく並んでいる。
久美子「!?」
気配を感じ、微笑んだまま顔を上げた正さん。
戸惑いながら、目を伏せた久美子。
正さん「なんだぁ~?」
ほんの一瞬、悲しそうな顔を見せ
思い直し、いつもの固い表情に戻った正さん。
久美子「いいえ!」
激しく首を振り、逃げるように2階に戻ろうとする久美子。
正さん「ぼさぁ~っとしとる暇があるならぁ…
早よぉ~仕事!見つけて来いっ!!」
久美子「…!」
階段を早足で昇る久美子。
と、その時…
(ガシャ~ンッ!!)
久美子「!?」
立ち止まり、
直ぐに階段を駆け下りる久美子。
床に横たわる正さん。
慌てて駆け出す久美子。
久美子「お父さんっ!!」
久美子「お父さんっ!!嫌だ…!
お父~さんっ!!」
久美子は動揺し、正さんの身体を激しく揺さぶっていた。
人工呼吸器を着けた
正さんがベットに横たわる。
医師「心筋梗塞による心臓発作です。
すぐに見つけてあげられたから良かったですよね…。
危ないところでしたよ。」
久美子「あの…父は…?」
医師「しばらくは、入院になると思います。」
久美子「(俯いて)そうですか…」
医師「もう年齢も年齢ですから…。
あまり、無理はさせないようにしてあげて下さい。」
病状を語る医師の声は…
穏やかで、温かい響きを持っていた。
久美子(はい…)
頭を下げる久美子に合わせ、
医師もゆっくりと一礼し、静かに立ち去っていった。
そのまま…
病室の扉を見つめる久美子。
眠る、正さん。
小さくため息をつき、見つめる久美子。
いつしかその姿は…
亡くなった母の姿と重なっていった。
モニターは…
正さんよりもその心臓の音を
ゆっくりと刻んでいる。
ベットの傍に座った
セーラー服の久美子の背中は固く強張り、
今にも崩れ落ちそうだった。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
目の前には正さん。
我に返った久美子は、小さくため息をついた。
暖簾をくぐり、
真っ暗な工房に足を踏み入れる久美子。
正さんが倒れた時のまま…。
蒸される前のお饅頭…
丸める前の種…
包む前のこし餡…
手の形を残した、布巾…
そして―
正さんが最後に
握りしめたお饅頭が歪んで、月の光に照らされていた。
見つめる久美子の脳裏には
また、母の姿が蘇っていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
久美子「うっ…うっ…」
節子さん「…」
物言わぬ、母。
久美子「おかぁさんっ… おかぁさん…
嫌ぁぁ…ぁぁ…!」
亡骸に取り縋って泣く久美子は
決して動かぬその身体を強く揺さぶった。
久美子「嫌だっああ…!おかぁさん…!!
嫌だぁ…うううわぁ…」
いたたまれず、
久美子は大須の街を全速力で走った。
その頃、まつだ屋では、
正さんが正月用の饅頭づくりに追われていた。
久美子は、即座に
その父の背中に向けて言葉を叩きつけたかった。
けれど、息が上がり、なかなか言葉が出てこない。
久美子「…ハァ、ハァ(大きく息を飲み込み)
何で病院来なかったのよ!」
正さん「…」
職人の佐藤さんが、2人の後ろで身構えた…
久美子「何とか言いなさいよ!」
正さん「…」
黙々と、こし餡を丁寧に練り続ける正さん。
久美子「…う!!」
何も言わぬ、その背中に
久美子は思いっきり、出来たばかりのお饅頭を投げつけた。
久美子「お父さんが死ねばよかったのに…!!」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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