🌸ブログで読む『ただいま大須商店街⑦-前編-』~転機~


近づいてゆく、優太と大須の街…
近づいてゆく、優太と正さん…


少しずつ、変わってゆく松田家。


気になるのは…
久美子と正さんの27年分のわだかまりです。。





🌸前回のお話し🌸





朝の光の中、湯気を上げる蒸し器。


「ははは…」


品のある真っ白な山の芋と上用粉の生地を
均等に切り分けてゆく正さんは、
昨日の優太とのお散歩を思い出していた。






横には、
しっとりと練りあがった、こし餡が…


その上には、
蒸し器にかけられる前のお饅頭が
行儀よく並んでいる。




久美子「!?」




気配を感じ、微笑んだまま顔を上げた正さん。







戸惑いながら、目を伏せた久美子。







正さん「なんだぁ~?」


ほんの一瞬、悲しそうな顔を見せ
思い直し、いつもの固い表情に戻った正さん。



久美子「いいえ!」



激しく首を振り、逃げるように2階に戻ろうとする久美子。







正さん「ぼさぁ~っとしとる暇があるならぁ…
早よぉ~仕事!見つけて来いっ!!」



久美子「…!」







階段を早足で昇る久美子。
と、その時…


(ガシャ~ンッ!!)


久美子「!?」


立ち止まり、
直ぐに階段を駆け下りる久美子。






床に横たわる正さん。
慌てて駆け出す久美子。



久美子「お父さんっ!!」







久美子「お父さんっ!!嫌だ…!
お父~さんっ!!」



久美子は動揺し、正さんの身体を激しく揺さぶっていた。













人工呼吸器を着けた

正さんがベットに横たわる。








医師「心筋梗塞による心臓発作です。
すぐに見つけてあげられたから良かったですよね…。
危ないところでしたよ。」






久美子「あの…父は…?」


医師「しばらくは、入院になると思います。」


久美子「(俯いて)そうですか…」


医師「もう年齢も年齢ですから…。
あまり、無理はさせないようにしてあげて下さい。」


病状を語る医師の声は…
穏やかで、温かい響きを持っていた。



久美子(はい…)



頭を下げる久美子に合わせ、
医師もゆっくりと一礼し、静かに立ち去っていった。



そのまま…
病室の扉を見つめる久美子。








眠る、正さん。
小さくため息をつき、見つめる久美子。








いつしかその姿は…
亡くなった母の姿と重なっていった。












モニターは…
正さんよりもその心臓の音を
ゆっくりと刻んでいる。



ベットの傍に座った
セーラー服の久美子の背中は固く強張り、
今にも崩れ落ちそうだった。





                         ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄





目の前には正さん。
我に返った久美子は、小さくため息をついた。















暖簾をくぐり、
真っ暗な工房に足を踏み入れる久美子。




正さんが倒れた時のまま…。


蒸される前のお饅頭…
丸める前の種…
包む前のこし餡…
手の形を残した、布巾…



そして―






正さんが最後に
握りしめたお饅頭が歪んで、月の光に照らされていた。



見つめる久美子の脳裏には
また、母の姿が蘇っていた。








                          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄








久美子「うっ…うっ…」


節子さん「…」


物言わぬ、母。


久美子「おかぁさんっ… おかぁさん…
嫌ぁぁ…ぁぁ…!」


亡骸に取り縋って泣く久美子は
決して動かぬその身体を強く揺さぶった。







久美子「嫌だっああ…!おかぁさん…!!
嫌だぁ…うううわぁ…」




いたたまれず、
久美子は大須の街を全速力で走った。








その頃、まつだ屋では、
正さんが正月用の饅頭づくりに追われていた。



久美子は、即座に
その父の背中に向けて言葉を叩きつけたかった。

けれど、息が上がり、なかなか言葉が出てこない。




久美子「…ハァ、ハァ(大きく息を飲み込み)
何で病院来なかったのよ!」








正さん「…」









職人の佐藤さんが、2人の後ろで身構えた…








久美子「何とか言いなさいよ!」


正さん「…」









黙々と、こし餡を丁寧に練り続ける正さん。









久美子「…う!!」


何も言わぬ、その背中に
久美子は思いっきり、出来たばかりのお饅頭を投げつけた。









久美子「お父さんが死ねばよかったのに…!!」








                          ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄





真っ暗な工房の中…


どこにぶつけようにない
涙にならない想いを抱え…

久美子は、一人
そのお饅頭を見つめ続けた。





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